どこにもない編み物研究室

編み物について書かれた面白い本をご紹介します。

著者は、編み物作家の横山起也氏。
編み物に関係する人たちとのお話がとても面白かったです。
読んでいて一番感じたのは、「編み物は自由だ」ということ。
人に教えることのある私にとって、それは頭では分かっているもののなかなか実践しづらい部分です。
自由に編むって意外と難しいし、基本があってこその自由というのが私自身のベースにあるからです。
けれど、本書で多くの方が言っているように、楽しく編むということはとても大切で、それは私のポリシーでもあります。
楽しく編むためにはやはり型にはまったやり方だけではなく、自由なやり方も取り入れるべきだと改めて思いました。

レースと編み物の博物館「彩レース資料室」を開設し、手芸の普及活動をしている北川ケイさんによる手芸の歴史はとても興味深い内容でした。
昭和のレトロな手芸道具や、明治の編み物に関する本などが写真で紹介されています。
明治40年刊行の「少女世界」という雑誌の中の編み物連載では、なんとお琴の爪を入れる袋の編み方を紹介しています。
言ってみれば巾着なのですが、爪袋なんてワード初めて聞きました。時代を感じます。
そしてまた、言葉遣いも時代のせいか独特で、新鮮に感じます。
「色の取り合わせが悪いと折角骨を折りましても品が下がりますから、よくよく色取りに気をつけてくださいまし」と言葉遣いの丁寧さにかえって脅威に感じるほどです(笑)

牧師でもある渡辺晋哉さんの話はとてもマニアック。
自身で糸を染めたときの色合わせの話や、フェアアイルの配色を考えるための色の抽出の話など、驚くほどの入念さに同じ編み手として敬意を感じました。
この中で出てきた、材料に制限があるとき、逆にその制限を利用することによって自分の世界観がさらに広がることがあるという横山氏の話と、実際にその制限によって工夫を凝らしたセイタカアワダチソウのカーディガンの話にはデザインや創造の神髄を感じました。

糸作家のソウマノリコさんのお話は、手仕事をもっと楽に楽しんでいいんだという気持ちにさせてくれます。
手紡ぎや紐を作るワークショップなどを開催されていますが、どちらもその機能を果たせればいいと考えているそう。
例えば、手紬ぎ糸は切れなければいいし、紐も紐の機能が果たせればそれでいい。
そこを目標にすればもっと楽しくものづくりが出来るんだろうと思いました。

大学院在学中で「コミュニケーションツールとしての手芸」をキーワードに編み作品の研究・制作活動をしている森國文佳さんのお話も興味深かったです。
普段から編み物をする祖母と母と3世代で編んだ作品も紹介されています。
「祖母は家族のため。母は趣味として。私はコミュニケーションツールとして」と、時代の変遷とともに編み物の役割や目的が変わってきたんだなと感慨深く思いました。
もちろん今だって家族のために編む人、趣味で編む人、コミュニケーションツールとして編む人はいますが、編み物の役割が時代とともに変わってきたことは確かだと思います。
彼女の体験として、おばあさまと一緒に編み物をしているとき、普段の日常会話では出てこないような昔話を聴くことができたそうです。
私自身も実感として、編み物をしているときのその場の空気には、日常会話では出てこないような会話が聴けそうな普段と少し違うゆったりとした時間が流れているように思います。

他にもあみぐるみ作家の光恵さんのあみぐるみ制作についてのお話や、編み物作家の西村知子さんによる編み物の海外事情など読みごたえがありました。
西村知子さんおすすめのエリザベス・ジマーマンさんの本はいつか読まねばと思っています。

編み物好きには、編み物の良さしか目につきません。
本書は、その編み物の良さがふんだんに詰まっています。
少しマニアックな内容もあるけれど、それがまた編み手としての私の心をくすぐります。

もっともっと編み物のことが知りたくなったので、さらに多くを知ってこちらでご紹介できればと思います。